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呪縛
東京ステーションギャラリーで加守田章二展を見る。
途中でふと思う。
あれ、この人器しか作ってない。
器といっても本来的な用途からは外れてるけど、
「壷」とか「皿」とか理解できる形をしてる。
この間庭園美術館で見た八木一夫は、初期の頃からまるで器とは
縁のない造形物をつくっていて、でもこれはやっぱり「異端」らしい。

粘土という素材、焼くという工程。
それは「器」だから生きるのか。
「器」を離れて生かすならどこか。

焼き物つくってるわけではないので、誤解なされませんように。
ただ、粘土をこねるとき手に受ける刺激や、粘土の造形性に
魅力を感じるので、ついつい焼き物に関心が向かってしまうのだ。
shapes and colors | 2005/09/22(木) 02:10 | Trackback:(0) | Comments:(2)
ルイーズブルジョワなんか、焼き物なのに
ぜんぜん器じゃない。

日本人は「用の美」を至上とするところがあるから粘土→うつわを脱却するのが困難なのかな・・


ルイーズは最近六本木の巨大蜘蛛で
有名になっちゃった?
2005/09/22 木 21:46:26 | URL | ひよこまめ #-編集
日本って世界的に見ても特異的に焼き物が愛されてる
ところだから、器に限っても世界は果てしなく深いって
ことをはっきり見て取れる環境はあったかも。
器という枷があることで余計なものがそぎ落とされる
ってこともあるし。
逆に、自由に何でもつくっていいよって言われても、
かえって困っちゃう、みたいな。
少なくとも、つくづくみていて飽きないお碗はあるけど、
創作モノ(?)でそんなのは見たことが、ない。
2005/09/23 金 00:32:41 | URL | こう #Euok.cyE編集
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