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ごみ


この間、個人所有の美術品を処分したいということで、
総ざらいするのを見る機会があった。
亡くなったお父さんが好きで集めたものだが、
本人は全然興味がないということらしい。
なかには、おぉ!というものもほんのほんの数点あったが、
デパートの包装紙に包まれたまんまのものから、仏像、複製、版画、
墨蹟から写真まで種々雑多。
目をひいたのは、多分年代から言えば一世代以上前の人だが、
抽象画やコラージュといった現代美術風のものが
少なくなかったこと。
だがそこで考えさせられてしまった。
いわゆる「普通の」絵の類というのは、それが売り物になるような
ものではなくても、とくにどうと言うところがない絵でも、
すくなくとも絵としては見られる。
けれど、その手の現代美術風な作品は、はっきり言って
ごみでしかなかった。
作品として成立するものとしないものとの隔たりが、現代美術の
ほうが時間を経ることで際立ってくる感じがする。
けれどその一方で、いま「ふつうの」絵を描いていても人の存在を
わしづかみにするようなものを作るのはむずかしいんじゃないか。
人の心をこつこつとノックするようなものを作るのは
むずかしいんじゃないか。

絵本作家の肉筆画があった。
名前は知らないが絵に見覚えがあった。
もちろん絵本になったものしか見たことがなかったが、こんなふうに
描いてるんだというのがわかって、へぇーっと思った。
ホンモノがもつ力。
ホンモノがもつ魅力。

shapes and colors | 2006/04/24(月) 00:13 | Trackback:(0) | Comments:(0)
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